いもぐい

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『エブリデイ』(2018)

今月はカードの利用額がすごく多くて

驚いて久々にカードの明細を確認したら解約したと思っていたアマプラが解約できていなかったので、

決済日のギリギリまで映画を観ることにした。

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上記のアマプラ紹介ページのあらすじが端的なのだけど、言っている意味が分からなくて思わず観始めた『エブリデイ』、天才のラブストーリーだった。

エブリデイ (字幕版)

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  • メディア: Prime Video
 

 ものすごく端的に言うと、体を持たない霊体Aは毎日同い年の人間に乗り移っている。

同じ人間に乗り移ることはなく、毎日乗り移った体の”本人”の人生に影響が出てしまわないように、その子の周囲に調子を合わせてなんとか1日をやり過ごしている。

ある日Aが乗り移ったのは男子高校生のジャスティンだった。

ジャスティンの友人にそれとなく接しながら、ジャスティンの彼女のリアノンに出会う。

リアノンは普段冷たいジャスティンが優しいことに喜び、楽しい1日を過ごす。

Aはリアノンに対し、はじめての恋心を抱き、誰に乗り移っても毎日のように自分の正体を隠してリアノンに会いに行く。

リアノンは不思議に思いながらもついにAからの匿名のメッセージに従って、Aの元へ会いに行く。

Aに正体を明かされ、不審に思うもののA自身が持つパーソナリティーと不思議な宿命によって醸成された優しさに惹かれていくが、次の日にはAは知らぬ人の体に入っており、時には連絡を取ることすら難しい。

そんな時、Aが1人の人間に対しても日をまたいで存在し続けることが分かり、2人は喜ぶが次第にAが憑依している”人間”とその周囲に齟齬が生まれ始める……というもの。

 

映像の美しさやユニークさはあまり感じられず、最初は観続けるか不安だったというのが正直なところ。

でも脚本とプロットの巧みさと、次々を登場する若い俳優たちがとてもうまいので見れてしまうし、なんならものすごく引き込まれます。

 

↓ここからはネタバレ込みで感想いきますね。↓

 

これは、完璧に次世代の『her/世界でひとつの彼女』だ。 

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『her』も実体を持たないAIとの恋愛を描いた作品で、大好きな作品だけれども、その次のレベルの恋愛を描いたのが今回の『エブリデイ』だろう。

『エブリデイ』は、実体を持つことはできるけれども1つの実体に留まり続けることは叶わず、精神性への愛に依存せざるを得ない恋を描いている。

この作品は2018年に制作されている。けれども、アプリでの恋や、アフターコロナでの恋愛・人間関係を暗示しているようで、思わずゾッとしてしまった。

 

この映画で描かれている恋愛は、現実での恋愛と同じくSNS、スマートフォンに強く依存している。

作中での図書館のシーンはとても示唆的で、リアノンに対して知らない人のフリをしたAに対して、

リアノンは「顔を知らないから人違いをしてしまった。ティンダーで出会ったってわけじゃないんだけんど」という旨の言い訳をする。

外見が見えない恋愛というのは、まさに出会い系アプリと同じ構造である。

IT化が過剰に進んでしまった時代での恋愛というものがテーマであったのだろうと予測するけれども、映画が作られた当時、そしてつい数ヶ月前まではアプリやSNSで顔も知らない人と出会い、恋に落ちるというのは恋愛における出会い方のひとつの手段であった。

 

しかしコロナ禍では、そしてアフターコロナとそれに続く第二波の噂や更なる強力なウィルスの脅威とそれに伴う移動制限の可能性などが語られる今日、恋愛における出会いはインターネットへの依存をさらに強めることになってしまうであろう。

私自身、この数か月間自宅待機を経験し、同居家族と一緒に居たけれども何度もティンダーをはじめようかしらと思った。

思うたび、もし良い人に出会えたとしても結局今の状況では実際に会うことができないのだから意味がないし...と諦めてきたのだ。

例えアプリで誰かと出会ったとしても、どれほどに濃密にコンタクトを交わしたとしても多くの場合は人は実際に会うことを求めてしまうようになる。

それは当然の心の動きであることは自明であるし、また恋愛の本質的な意味である生殖の面では当然のことである。

この映画でリアノンがAに会い、交流が深まるごとに身体での交流、つまりセックスのシーンが折りに触れて描かれることも皮肉でありながらも本質に触れているような気がした。

Aのことを秘密にしているリアノンは行動の不振さから同級生にビッチ呼ばわりをされたり家族に心配されたりしてしまうのだけど、

リアノンが思いを抱いているのはAだけで、その気持ちは外見には左右されていない。

つまりリアノンが深くAのことを愛しているからこそ外見に捕らわれずに、Aの憑依した相手に関わらず交わることができていたのだ。

その行動は少し恐ろしくありながらも、精神・人間性をこれほどに深く愛することができるのだという美しい証明でもある。

しかし次第にリアノンとAの仲が更に深まるにつれてリアノンは段々と油断した言葉をAに投げかけるようになる。

 

特にAがアレキサンダーに憑依し、憑依を解除せず数日に渡って彼の中に居続けるようになってからは、母の電話すら無視してリアノンとの時間を作るAに対して明日のテストを理由に早帰りを促したり、外見は気にしないと言いながらもフリンに憑依したときは来ないでほしいと言ったり、段々と肉体としてのAの存在に依存するようになってしまうのだ。

Aはここで怒ってもいいものなのだけどそれはせず、むしろ実体を持たない自分とリアノンが今後も関係を続けていくことの難しさをしっかりと説き、自分がリアノンを思うからこそ離れるべきだと言う。

例に挙げた難しさは、リアノンがAのことを秘密にし続ければ彼女が家族や周囲から孤立してしまうこと、憑依し続けなければならない宿命の元に生まれた子供とリアノンが負うであろう苦労など、とても生生しくて、どれほど人間と人間社会が実体・身体というものに依存してきたか・依存しているかを示している。

今は、それら人間と人間社会の実体・身体への依存が変化を強いられている。

しかも望まれざる形でだ。リモートワークなど、各所では対面化の廃止しよるアドバンテージも多く分かってきた。

それでも人間は根幹で家族や友人、親しい人との対面でのふれあいを強く求めてしまっている。

こと恋愛においては、精神性だけでなく肉体的での関係性の進度も比重が大きいから、どうしても会いたいという気持ちが膨らまざるを得ない。

だのに、それが難しい環境となり、さらには禁止されてしまう日も来るのではないか。

 

この映画では、精神だけの恋愛はついぞ実らなかった。

リアノンとAの恋愛はプラトニックではなかったけれど、精神と人間性を愛し、それを信じて関係を続け深めたという意味では十分にプラトニックな恋愛であったと言えるだろう。

肉体と視覚情報に捕らわれず愛し、愛することができたということを証明しているのだから。

 

私が最後、アレキサンダー自身からリアノンにかけられた「笑顔が素敵だってこれまで言われたことがある?」という言葉で泣きそうになったには、全てはAに同情したからである。

リアノンとAの恋が実らなかったのは、精神への愛の敗北だと思ったからだ。

愛というものには多くの種類があって、家族や友人への愛などもあるし、そういったものは精神に強く根差しているものだ。

しかし恋、つまり婚姻やパートナーというものに帰結していく恋の多くは肉体と視覚情報/視覚的魅力のウェイトが大きい。

リアノンとAのラストは恋における愛が、肉体性を失った場合の成就の難しさを示している。

それがシングルの私には寂しく、悲しかった。

シングルでも楽しく生きることが可能なのは十分知っているつもりだけれど、自分以外の存在がその時を一層素敵にしてくれることや、他者からの存在の肯定や与えられる安心感で日々がより素敵になることも経験から知っている。

そしてそれを築くまでの、それに至るまでの過程が簡単でないことも過去の経験で肌身に感じている。

 

これから私が、人間がそれを得るためにはこれまでの私たちが経験してきた過程よりも、きっともっと辛いのだ。

もちろん古来では会いたい人に会うことどころか連絡をすることも難しかったから、恵まれた時代であることは確かだ。

それでも私たちは会いたいときに会えるという便利さを存分に享受してきたのに、それを突然として奪われたのだ。

便利さを懐かしがりながら不便に耐え、満たされない気持ちと一緒に生きるのは、しんどかろう。

 

私たちの、私の未来に迫っている暗雲が厚すぎて、生きるのが嫌になるのだけど、こういう暗示的な良い映画を観るとそうとも言っていられない。

映画の存在の意味が、私たちを救っているなと思う。人類は変化に慣れてこれまで進化してきたわけだけれど、それに耐えられなかった人間も確かに存在したわけで、その人たちの存在を思いながら親近感を抱いている。

強いられる変化の、なんと残酷なことか。

 

P.s. この映画はBGMも秀逸だと思う。

ずっとこのプレイリストを聴きながら記事を書いていた。

EVERY DAY (Movie Soundtrack) on Spotify