『光をくれた人(2016)』
人間愛の話かと思ったら戦争の話でした。金カムでだいぶそういった方面に揺さぶられている日々を送っているので、刺さりましたね……
ちょっとびっくりするほどの映像美なので、観た方がいいです。
これのロケ地はどこなんだろう...?ものすごく広大で美しく、どこまでも人間を遠ざけるような恐ろしさ、雄大さがある島。
そしてそれが正しく最も美しい時間・色・構図で撮られているので、バッチリ以外の言葉がありません。
なんとなくあらすじは知っていたのだけど、トムが灯台守になった理由はすっかり忘れていたので、おお戦争で奪われた者たちの話かい…ッ!!と覚悟して観ましたが、やはり辛かったですね……
なんというか、最も辛いのはトムとイザベルを責めきれないところなんですよね。
確かに人の子を届け出もせず、彼女の本当の親から何年も奪い続けたことは犯罪であるんだけど、彼らがそれに走った背景を考えると、犯罪者であるという言葉以外で彼らを断罪することはできないんじゃないだろうか。
私は犯罪者という言葉と悪人という言葉は別だと思っていて、犯罪者というのはもちろん犯罪を犯し法を破った者なのだけど、悪人というのはそれに加えて倫理的に全く同情の余地のない者たちのことなのではないかなと思っています。
そういう意味で使うとすれば、トムとイザベルはやはり犯罪者としてしか、おさめることができないのではないか。
ハナに対しては本当に同情するしかない。トムと同じく戦争で消費去れた人間とそれを助けたハナが受ける仕打ちにしては、大きすぎる。
しかし後半ではハナは、夫が言っていたように赦すことをしようとするんだよね......人間がどれほど柔く優しく、どれほどに愚かかがよく分かる行動なのではないでしょうか。
ハナはあまりに自分の娘、グレースを思うあまりに彼女をイザベルに託そうとしたよね。私はこれにびっくりしたんですよ。それは許してはならんだろうと。ハナがその時点でシェアボーン夫婦の背景を知っていたのかは知らないけれど、それでもイザベルへの赦しをグレースを用いて表現してはならないだろうと。
血縁関係の元で育てられる子どもが最も幸福であるとは思わないけれど、ハナがイザベルを赦すことを否定もしないけれど、それでもこれ以上グレースを巻き込んで赦す/赦さないの葛藤をすべきではないと感じた。
グレースがルーシーとしてシェアボーン夫妻のもとにやって来たのは偶然であり、そこにグレースの親(ハナたち)の意思はなく、シェアボーン夫妻の独断で切り離し続けられたのだから、ましてや最も運命を揺すられ続けたグレースの居場所を再び変えようとすることはしてはならないと思ったんです。
なので、トムの単独犯罪だったと信じたハナが、イザベルに対して夫が投獄されたのならあなたの元にルーシーを返すというのは物凄く残酷ですよね。ハナに責任はないけれど、これこそ(自分にいつまでも懐いてくれない”ルーシー”も含む)憎しみにかられた所業だったのではないか。
流産の後から続いたイザベルの精神不安による身勝手さが、トムの手紙によって終わって、本当に良かった......
結局イザベルもトムも、どうして最後に自分たちの本当の罪を明かしたのかと言えば、結局トムがルーシーよりもイザベルを愛していたからなんじゃないかなと思いました。
ルーシーはイザベルを救ったけれども、トムの命を救ったのはイザベルなので。
もしイザベルが自分の罪を告白しなかったら、トムの命に光を灯したのと同じ人物であるイザベルが彼の光を消すという恐ろしい話になっていたので、イザベルが贖罪してくれて心から安堵しましたよね。はー良かった。
トムは本当にずっと一貫してイザベルを守ろうとしているよなあ…それこそ島に警官がやって来た時も、真っ先に守ろうとしたのはイザベルだったじゃないですか。もちろん彼女を守ることがルーシーを守ることにも繋がるんだけど、自暴自棄になっていた自分の命を再び灯し、人生を与えてくれた人間に対してこれほどに愛と忠義を示すのか…と驚きはしました。
トムは特に戦前の人生も辛いもので、戦中は自分の死を悲しむ者がいないから気が楽だった(なんて悲しい言葉だろうか)と言っていたぐらいだったので、イザベルは戦後のトムを救ったのではなく、彼の人生を丸ごと救ったんですもんね…人生を与えたと言ってもいいぐらいの所業だったんだろうな。
戦争に直接関与したトムだけでなく、周辺のハナ・イザベルなど、戦争とその時代のあらゆる至らなさのせいで傷つけられ奪われ、それへの憎しみと葛藤、そして赦すまでの過程が丁寧に描かれていて、私はエンディングにも納得して観れました。
俳優陣の演技に関しては、高校の時にハマったマイケル・ファスベンダーが抑えた良い演技をしていて嬉しかったです。
アリシア・ビカンダーは噂は数年前から聞いていたものの出演作はひとつも観ていなかったので、ファスベンダーとの私生活カップルの共演作ってことで興味を引かれていたっていうのが正直なところです。
彼女も良かったですね…明るさと、それの背後にある気性の荒さなど気性が豊かなキャラクターだったけど、どの時も全然違和感がなかった。
特に2人目の墓前の前で草原に横たわるシーン、目の中にもう草が入りそうなのにどこまでも遠い冷たい真っ黒な目をしていてとても良かった......あのシーン自体、枯野原を子どもの頭に見立てているようで綺麗だった。子どもの頭を撫でようとしてそれができない母親……
原題の『The Light Between Oceans』と邦題は大きく異なるけれども、邦題も短く作品の本質を表しているのでなかなか良いのではないでしょうか。おかしな副題がついていないだけ良い。この映像の美しい映画に長々しいタイトルは不要なはず。